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2014年11月 7日 (金)

時の流れは変わらないが

時代小説を読んでいると、時間の単位は「刻」である
現代の時間だと約2時間が「一刻」(いっとき)である。
だから1時間は「半刻」と言う訳だ。
30分なら「四半刻」とい表現になる。
だいたいこんなもんで時間の表現は事足りる
つまり、現代のように「分単位」あるいは「秒単位」などと言う
表現にあたるものはほとんど必要が無い。
それだけ時間の経過に対する意識が現代とは違って
のんびりとしていたんだろうと想像する。
一日が今と同じ24時間であることは変わってないのに
まさにのんびりとした時代であったと思う。

 

旅をするにも歩くか、駕籠または馬しか手段は無い
もっとも海には船と言う手段があるが
それにしても車や新幹線、飛行機などと比べたら
移動のスピードがまるで違う。
果たして現代と昔ではどっちが幸せだったんだろうか。

 

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コメント

本当にね・・・時間というものに追いかけられているような現代と、時をゆっくり使っていたその時代の人々と・・・
ワタシは半刻と言ってた時代が好きです。
時間が静かでゆっくり流れている・・・それは人の心も緩やかな流れとゆとりを生むように思える・・・

もっとも、
一刻半もあれば行ける実家も、この時代だから通う、が出来る・・・ありがたいような気もするけど、これでいいんだろうかとも思う(笑)(^_^;)
まぁ、かなり時代遅れにはなってきてるなぁと思いますわ・・・(^^ゞ

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kyonさん
人はそれぞれの時を持っていると思うので、時代遅れであろうといいと思いますよ。
車ではわからない道端の花に目をやる時間もまたいいものです。

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